たいへんなことがwかった。俺が好きな刀が地元の刀(郷土刀)だった・・・。山城伝!! [134367759]

1 ::2022/11/12(土) 18:28:50.16 ID:LvlPrNLv0.net ?2BP(1500)
http://img.5ch.net/ico/gikog_ichigo.gif
米軍の〝刀狩り〟を逃れた逸品たち 赤羽刀にひかれて
https://news.yahoo.co.jp/articles/c68a69290b58c4efab4b029788f8132e8490630d

筑前信国
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%A1%E5%9B%BD%E6%B4%BE

山城伝の上品な刀が好きだけどどえらい高価だしとおもってたら
地元の郷土刀が山城伝だったでござる。

26 ::2022/11/12(土) 19:02:17.02 ID:LvlPrNLv0.net

いまの政治家とは大違いだな。

207 ::2022/11/13(日) 18:41:09.21 ID:je/dKQwU0.net

幕末海軍からの名残。ほほう。

127 ::2022/11/13(日) 10:54:45.24 ID:bQVDvfvv0.net

素晴らしい刀ですなあ。でどのような家の歴史があるんですか?

ほとんどそれで撃沈だろう。

85 ::2022/11/12(土) 21:58:29.08 ID:Omf0RNxL0.net

>>4
隕鉄で刀剣作るのは
シナ文化の習わしだな

高貴なお方の刀剣は隕鉄で作るとなっている
なお切れ味はあんまカンケーない

93 ::2022/11/12(土) 22:07:17.81 ID:gfA52EOg0.net

この時代には個人の製作から工場での生産になり、一族の数人、多い集団では
四十人にも及ぶ人々が屋号的に同名を用いて製作した刀剣類もあります。

数打ち物と言うと、ややもすると粗悪品と思われがちですが、決してそうではありません。
それは、それらの刀剣が江戸時代に長船の名刀と尊重され、立派な拵が添えられて
現在に至っていることからも納得されるでしょう。

52 ::2022/11/12(土) 19:45:21.55 ID:LvlPrNLv0.net

1602年(慶長7年)父吉貞に連れられ豊前から筑前へ移住 。
黒田長政の御前鍛刀を行い、1616年(元和2年)26才で長政の命で備前へ行き、
福岡一文字助宗伝を受け、一代で三伝を鍛刀する。
父吉貞に無断で備前伝を学んだ為に父吉貞より廃嫡されたとの伝承が有りますが誤伝と思われ
その後も一族、力を合わせて黒田家に尽くしております。

200 ::2022/11/13(日) 17:45:42.72 ID:pK00S63a0.net

そんなに友達がいないなら自殺したほうがいいんじゃね。

188 ::2022/11/13(日) 16:31:05.84 ID:/tlIvPmq0.net

鞆から京都に戻った後は翌年に将軍職を辞して出家。
朝廷から准三后という高い位を受け、
1万石を拝領。晩年は御伽衆(おとぎしゅう)
として秀吉の話し相手を務めていました。

へえ。

32 ::2022/11/12(土) 19:08:00.05 ID:LvlPrNLv0.net

徳川吉宗は、家臣に褒美として物を与える際にも、それを秘蔵させずに実用を重んじたことが知られているそうです。
そう考えると、新刀を奨励したのも、実用性重視の思想があらわれたものと言えるかもしれません。

232 ::2022/11/13(日) 21:42:27.81 ID:9h3D5X8S0.net

などと言ってる内にあれもいいこれもいいとなるのだろうな。

125 ::2022/11/13(日) 10:52:30.38 ID:bQVDvfvv0.net

逆に言えば俺は一振りも刀を持ってないが、
金で買わずとも俺は常に日本刀を持ってる。
その歴史があるからな。日本刀とはそういうものだ。

20 ::2022/11/12(土) 18:54:18.32 ID:LvlPrNLv0.net

基本的に評価があまり高くない江戸時代以降の新刀なのに。

178 ::2022/11/13(日) 14:04:35.43 ID:QmUvGToZ0.net

剛剣マンジカブラの誕生である…(´・ω・)

71 ::2022/11/12(土) 21:24:25.98 ID:XI5HmdmQ0.net

いつまで経ってもキカイダー01を倒せないハカイダーに業を煮やしたビッグシャドウは 一匹狼の殺し屋ロボット ワルダーを雇い入れた
ロボットが一匹狼というのもよくわからん話だが ワルダーが持つ風神村雨は ワルダー家に代々伝わる秘剣なのだという
ワルダー家? 代々? ロボットなのに? ますますわけわからん

116 ::2022/11/13(日) 09:42:25.53 ID:bQVDvfvv0.net

こういう素晴らしい地方の刀が人知れず消えていったんだろうなあ。
いつの時代も馬鹿どもがブランドばかり気にしていい物を失う。

173 ::2022/11/13(日) 13:31:36.55 ID:bQVDvfvv0.net

正家という銘のある作品と、 一乗の刀剣を比較すると、
作り方、姿形、素材が全く、異なるのである。
 そのような事情で、年代的には、初代、正家、 正廣の
子供の時代ではあるが、そのあたりの事が、はっきりとは
してなくて、出自はよくわからないというのが現状である。

211 ::2022/11/13(日) 19:55:20.00 ID:iRlO2uLk0.net

老人になっても重度の境界性人格障害とは大笑いだ。

42 ::2022/11/12(土) 19:25:29.06 ID:LvlPrNLv0.net

こういう地元でしか知られてない郷土刀がいくつもあるんだろうなあ。

66 ::2022/11/12(土) 21:12:05.85 ID:B5IsPcor0.net

なるほど。時々いいなとおもう古い落ち着いた刀は
長年の手入れの結果ぼやけただけということもあるか。

45 ::2022/11/12(土) 19:30:47.06 ID:LvlPrNLv0.net

その為中国の建国の父と言われる孫文やインド独立の父と言われるボースを支援したり、
現在の西日本新聞の創設や日本興業銀行の創設にかかわりあまたの事業を興した
龍造寺家の子孫であり黒田藩士でもあった政界の黒幕として有名な杉山茂丸氏によって
初めて筑前信国の刀が紹介され全国に知られたのが本筑前信国の作品です。

73 ::2022/11/12(土) 21:33:47.58 ID:L4ysLCZC0.net

古刀期は伝法を守り作刀している、が新刀期は従来の規律にとらわれていないので新しい刃文を創作した。しかしやはり品位が足りない。

6 ::2022/11/12(土) 18:34:22.20 ID:nlqHJMk+0.net

キチガイがスレたてんなよ

78 ::2022/11/12(土) 21:48:15.56 ID:FJ9pJ6o/0.net

でも最後は備前長船に戻るのはなぜなのか。

65 ::2022/11/12(土) 21:11:27.24 ID:B5IsPcor0.net

古刀の場合このような瑞々しさが消えてはっきりとしない状態を
落ち着いた研磨として好まれる愛刀家もおられます。

90 ::2022/11/12(土) 22:04:57.60 ID:gfA52EOg0.net

しかし、数打ち物と称されるものには、単に「備州長船祐定」などと切られています。

ここで注意しなければならないのは、末備前の中にあって特に前期・中期ごろのものまでは、
俗名が入っていない作品であっても注文打ちである場合が多く、名品もたくさんあります。

俗名が入っていない作品でも重要刀剣指定品がきわめて多いことが、そのことを如実に物語っています。

194 ::2022/11/13(日) 16:58:43.53 ID:l+z5qubZ0.net

ははあ。河野氏。

なお、河野通信の子に通広(別府通広とも)がいるが、承久の乱の際には既に出家して如仏と号し、
西山上人・証空の下で仏道修行に励んでいた為に参戦していない(通広はのちに還俗する)。
この河野通広の子(俗名は河野時氏。通尚、通秀とも)もまた出家して「随縁」と号し、
太宰府にいた聖達に師事して十二年間浄土教学(西山義)を学んだ。
その間に肥前清水にいた華台上人にも一年ほど師事し、その際「智真」と改めた。
この智真が後の時宗の開祖となる一遍である。

79 ::2022/11/12(土) 21:51:03.00 ID:5SqD68cj0.net

備前は特別な刀でなくてもこれが日本刀だなと
納得できる出来だもんなあ。安心のトヨタみたいな。

241 :フランケンシュタイナー(東京都) [MX]:2022/11/14(月) 12:35:57.70 ID:aV5/8V9c0.net

man********さん

2014/7/29 10:14
「武家諸法度」という決まりごとに
大小両刀を帯びるものというのがありますから
登城する際には 殿中指と呼ばれた 掟に従った
外装のものを帯刀するのが決められていました。
他家への訪問 藩命での用務なども両刀は帯びて
いたでしょう。

江戸期も中盤以降は、戦国の気風も消えて 家計に
ゆとりのある家では 細身の刀を誂えて 軽いものを
指して 負担の軽減をしていた人も居ます。

隠居して 家督を譲った人は 脇差のみ指せば良い
許しが出ます。

4 ::2022/11/12(土) 18:31:29.59 ID:80OUXaw90.net

どっかの神社に奉納されてる隕鉄で作った刀欲しい
ナイフサイズのどっかで売ってたりせんかな?

166 ::2022/11/13(日) 13:07:16.76 ID:bQVDvfvv0.net

鞆の錨(とものいかり)
http://www.hiroshima-bunka.jp/modules/newdb/detail.php?id=322

江戸時代の初めイギリスの平戸商館が、シャム(現在のタイ)国王の注文で、
鞆で鉄一万二千斤(きん)を購入したことが、当時の商館長リチャード・コックスの日記にみられ、
寛文12年(1672)に川崎屋次郎左衛門が、鉄錨六頭を錨問屋松尾九郎左衛門に注文した旨の古文書も残されている。
中世に芦田川流域では、中国山地の砂鉄を運んで、芦田物と称する刀鍛冶が存在した。
戦国時代には、その河口の草戸や水呑、さらに鞆に住みついて、『古刀銘尽』や『銘鑑類』には、鞆鍛冶の名がみられ、
「備州鞆住」と彫(ほ)り込んだ多くの刀工の作品が遺存している。